2011年07月25日

魂力☆

image/2011-07-25T04:05:32-1.jpg7/16・17と、念願の『ソウルパワー東京サミット』に
出演させていただきました☆

Bro.KORNさんのバックコーラスで☆

14cmヒールを履いて、
あのマイケル鶴岡先生の振付で、
ソウル女子な衣装で、
最高にアゲアゲしてきちゃいましたよ!

Bro.KORNさんは、愛の人です。
心意気がサイコーにかっこいい、
最近あんまりこういう人いないな、っていうオトナの男性。
そんなKORNさんの元に集まる人は皆、
ダンサーさんもコーラスさんもスタッフさんもみんなみんな、
愛溢れる気持ちのいい方ばかりで、
幸せでした。

そして、
ゴスペラーズ村上さん
この人もまた、愛の人です。
当日サウンドチェック中から
本番・アンコールまで、
気遣いの嵐


このお2人には
絶対に
ぜぜぜ絶対に
足向けて寝ない!

そう決めている私です(笑)


そうこうしているうちに、
27・28は大阪公演(ソウルパワーなにわサミット)なんだよな

別件の仕事の締切が毎日あって、
荷造りする時間な〜い!
でも
振付の復習だけは欠かさないのだ!
ガンバる☆


写真は、ソウルパワーサミットの
オフィシャルTシャツ
家に持って帰って撮ったら、
逆光気味で
後光がさしちゃった(笑)
これぞソウルパワー!!
って感じしない(^O^)?
【サウナ(ライブレポート=当然汗だくでございます♪)の最新記事】

2011年07月13日

いよいよ発売!!

oritri2011.jpg


いやいやいや

いやいやいやいや


ずぇっっんずぇん更新してなくて
ホンマにすまんこっちゃで!!(横山やすし風・謝り)


でしたm(__)m


とりいそぎ。
とりいそぎね!


怒涛のミックスダウン、トラックダウンとかマスタリングとかなんとか
終えました、
あの!
ORITOトリビュート2011ライブが

 CDリリース

になりましたよ、本日!!!

詳しくは
ORITOさんのオフィシャルサイト
http://www.oritosoul.com/
もご覧ください★

芽芽はFREEFUNKメンバーとしての参加です
Amazonとかお店にて、
是非あなたのお手元においていただけると嬉しいです

渾身、という単語の意味を、
生まれて初めて体感したかもしんない。
そんなアルバムに仕上がりました!


そしてね
芽芽としては
まだお知らせしたことがあるのじゃ!
ということで、
しばらく毎日このブログのぞきに来て欲しーナリ!
よろしく頼んだナリよ!(コロ助風・さようなら)

2011年05月08日

やっと、続きのORITOトリビュートを振り返る。

image/2011-04-09T15:44:35-1.JPG
(東京公演・楽屋にて)


ども。
ORITOさんトリビュートの続きを楽しみにしてくださっている方も多いと思うのですが、
なかなか更新出来ずスミマセン(T_T)


本当は、全体リハのことや各公演の思い出なんかも
もっと書けるかなあと思っていたのですが、
ちっともゴールデンじゃなかったゴールデンウィークは終わっちゃうわ、
次のライブやレッスンの準備は終わんないわで、
そう、
時間というのは未来に向かってひたすら流れていくわけで。
(『北の国から』のジュンくんナレーション風に読んでみよう)


そんな中でも私はまだまだ、
ORITOさんの曲を聴きながら仕事に向かったり、しています。



3年前は、正直なところ、
あまり触れないようにしていた部分もありました。
ORITOさんの曲や彼自身のことを語ったりするのも、あまりしたくないと思っている自分がいました。
受け止めきれなかったのかも、知れないですね。
1周忌のときには、奥さんに
「私はORITOさんにお世話になったし、受けた影響も大きかったからこそ、
今年はORITOさんに縛られないで、自分の歌をしっかり歌っていきます」
とメールしたのも覚えています。

ORITOさんという人のスゴさは改めて語るまでもないですが、
『ORITOさんの事を考えたり語ったりする事で‘自分が’何かをした気分になること』、
それを激しく排除したかったのだと思います。
私は、私自身が『歌う』という行為によってしか、何も生みません。
そこを勘違いしたくなかった。


でも、
3年経ってみてようやく、
ORITOさんをきっかけにつながった方々と、久しぶりにまた一緒にステージに立てるんだ、
ということが
単純に
嬉しくて待ち遠しくて、あれこれ想いをめぐらせている、
そんな自分を発見しました。



東京公演・大阪公演、
それぞれのミュージシャンのパフォーマンスを思い出すと、今でも胸が熱くなります。
慟哭に近い感情がこみあげるくらい。

FREEFUNKセットでお迎えした、
タイラヨオちゃん、
キレイな面立ちなんだけど笑うととってもかわいくて、クールな炎であったかいメッセージを歌うんだよね。
『感謝の歌』へのアンサーソングという追悼の仕方が、ヨオちゃんらしくてとってもいいなって3年前から思ってました。
Suga Pimpsさん、
『メイフィールド』はもう、ORITOさんと彼らのバージョン以外はありえない、というほどの世界観!!
個人的には
「雪どけのせせらぎ〜」あたりのハモりを内心「キタキター!」と喜んで聴きながら、いつも演奏しています(^^)
それと「開墾」ってイメージが、これほど似合うデュオもいない。
あ、ホメ言葉ですよ!他の出演者さんも嬉しそうにそう言って、シュガピンのお二人をいじっています。
リハだったかいつだったか、
篤さんが首に巻いてらしたバンダナが、
おしゃれな柄にも関わらずどうしても手ぬぐいにしか見えなかった私です、すみません(笑)。

そして『I Never Thought』を一緒に歌った、
トークボックスのシュウタロウくん、
シュウちゃんのおかげで安心して舞台に立てたよ。
何度もリハも、お疲れ様でした!
トークボックス人口は随分増えたけど、失礼ながらハッキリ言わせていただこう。
シュウちゃんを超えるトークボックス君に、私は出会ったことがありません。
リハ後に毎回、哲学や自己の内面の話を散々しちゃうのも、何でだろうね(笑)?
昔からだよね。
うんと前世は、ソクラテスのもとで一緒に勉強したりしてたかなー、と思うことがある。
これからもまた、よろしくねぃ!

ラスト『OUR BEAT』に登場いただいたルーサー市村さん、
ORITOさんのバックでNHK-FMに出演したときに
初めてルーサーさんのスーパー低音を聴いて衝撃を受けたのが2004年。
シンガーとボイストレーナーをどちらも真剣にこなしている大先輩として、
ここ2年は特に、個人的にもお世話になりましたので、共演は本当に嬉しかったです。
MCでイジってしまいスミマセン!ウケてたみたいでよかったですけど(^^;;
でも皆さん、
ルーサーさんは本当に、優しくて面白くてすごくキメ細やかな方なんですよ!
ストイックな所や、時々淡々と毒を吐かれるあたりも含めて(笑)、
前のブログでも書いたけど本当に大好きな先輩です。
最近はゴスペルの子たちやFREEFUNKのメンバー・お客さんの中にも、
Twitterとかでルーサーさんと親しく会話している人が増えていて、陰でこっそり、喜んでいます(^^)

そしてこの曲では、私は海女さんの台詞、シュウタロウ君が太郎さんを担当したわけですが、
今回はシュウタロウくんも私も、お話の展開にそってかなりハジけた演技をステージ上で出来たのではないかな、と。
哲学の話は何だったんだ!ってくらい(笑)。
仲間からは「エロすぎて笑えた」やら
「太郎さんの背後で(客席に)背中向きで腕をクネクネしていたのがイソギンチャクみたいでサイコーだった」やら
講評と好評をいただいて、
「私、こんなイメージ定着して大丈夫かしら」という不安が1%(少な!)ありつつも、
一応素直に喜んでみております(笑)

そしてコーラスで参加してくれたTomica姉さん、
私はORITOさんと同じく、ペコちゃんて呼んじゃいますが、
NHK−FMから約7年の月日をかけて熟成した絆を、今回は本当に、まざまざと感じたよね。
俺たちORITOシスターズは、永遠に不滅です☆
あ、
実はペコ&芽芽、
 『オリケッツ』
というユニット名まで飛び出しちゃったんです(笑)
星川さんと村上さんには
「オリトさん、なんだからオリ‘ト’ッツじゃなくて?」
「‘ケ’はどこから出たんだよ」
と大笑いされましたが、
えー、もちろん


 ワザとです(笑)!

あれですよ、
アイク&ティナ・ターナーのバックコーラスGirlsの『アイケッツ』に、引きずられちゃった感じで!!
ふふ☆(無理やり)

東京ではコーラスに徹して活躍しまくりのペコちゃんでしたが、
個人的には、
大阪でペコちゃんのソロがあったこと、そしてそのコーラスをやらせてもらえた事が、
妹は、最高に嬉しかったですよ。

そうそう、2人の間では
ペコちゃんが『姉ケッツ』、私が『妹ケッツ(いもけっつと読む)』という呼称になってしまい、
もはや
 ORITOさんの‘オリ’すら無い
という状態に、なってます(笑)
皆様、今後とも、
『オリケッツ』
をどうぞよろしく(笑)!


東京・Wild Dandelionさんのセットと、大阪の出演者の皆様への
愛のメッセージ(笑)は、また次回。
いつも長文・乱文にお付き合いいただいて有難うです!


妹ケッツ☆

2011年04月21日

ORITOトリビュートを再び振り返る。

さて。
今日は東京公演までの日々を振り返ってみます。


FREEFUNKで演奏するのは5曲と決まった。
うち、2曲は他のアーティストさんのバック演奏。
1曲は『大丈夫、大丈夫』という、ORITOさんが大変な状況にあった弟さんに捧げた曲。
2曲目は『I Never Thought』、ORITOさんがメンフィスのウィリー・ミッチェルのもとで録音し
日本に凱旋デビューした1stアルバムに収録されている曲。
3曲目は『OUR BEAT(鮑の艶話)』、ORITOさんとFREEFUNK、それに
トークボックスのシュウタロウ君をフィーチャーしてレコーディングした、
ちょっとエッチでおバカなファンクソウル。


『大丈夫、大丈夫』と『OUR BEAT』はORITOさんとも、
ORITOさん亡き後も、何度となく演奏してきた。


が、『I Never Thought』、
これは今回の選曲会議で、トークボックスをフィーチャーして1曲があってもいいのではという案が出て、
私とシュウタロウ君で演ってくださいとオファーがきたもの。
早速その日に曲を覚え、次の日ひとりでスタジオに入って
曲のキーを上げ下げして一番ハマるキーを探した。


ていうか、スローバラードのソウルって、聴くと歌うじゃ大違いなんだよ!
歌ってみたら全くサマにならない曲の典型ぢゃないか(汗)!
でございましてね、
ここから約1ヶ月の苦悩が始まったのです(笑)

歌っても歌っても、「違うのよねー」てことしか分からない(^^;;
キーも、E♭とかFとかの♭系でやりたいと思いつつ、
E♭は平歌が低すぎ、Fだとサビの高音が硬くなる。
間をとってEかぁ・・・♯系は何かキラキラしちゃうんだよねー、
ま、バンド的には弦の人は解放弦使えるとかメリットなのかなー、
歌も一番無理がないしねー、
(何のこっちゃという人は気にしないで下さい 要は悩ましかったの、うん。)

つーことで、
艦長とシュウタロウ君にも歌を聴いてもらい、
やっぱしな感じでEに決定。


ここからは、シュウタロウ君と2人、
どう振り分けて歌うか、の案を色々出して演ってみて、を
何度もスタジオに入っての繰り返しでした。

出だしは歌始まりで、Bメロをトークボックスにつなげるのがいいだろう、
というのはすぐ決まったけど、
まーその後は、色々ひっくり返りました。
サビのデュエットの割合とか。

『トークボックスをフィーチャー』
『初めてトークボックスを見る人は気になってスゴーく見たいだろうな』
という意味合いからも、シュウタロウ君の比重を増やし、
私が合いの手を少なめに入れる方向にまとまっていきました。


結果は、本番の出来がMAX良かったので、ほんとよかった。
自分のソロ部分も、ほぼイメージどおりの声と抑揚で歌えた手ごたえがあり、
1回目のトリビュートの時より、だいぶソウルマンになりましたよねえ私、
・・・どうですかORITOさん(^^)??
みたいな、・・・
うーん、
自分の中ではORITOさんのボーカルも聴こえているので、
ORITOさんともデュエットしてる感覚でした。

『OUR BEAT』はORITOさんが語り部となり、
田舎者の青年・太郎さんが野こえ山こえ海辺に行き、
そこで出会ったセクシーな海女さんと夫婦になりーの、
子宝に恵まれーの、

エッチな質問を交えーので、展開していく曲です。
(どんな説明だよ)
1回目のORITOトリビュートでも演りましたが、
今回はREAL BLOODのスーバーベースボーカル・ルーサー市村さんをフィーチャーしての演奏ということで、
ORITOさんのオリジナル音源では、
主旋律とオクターブ上をご本人が重ねていたのに対し、
艦長・桜谷君の主旋律の、オクターブ『下』でルーサーさんが語る、
という面白さを楽しんでいただけたのではないかと思います。


ルーサーさんは私にとって、
ここ2年ほどルーサーさんのお宅にお邪魔して
ボイストレーニングの話や筋肉の話(笑)で幾度となくおしゃべりさせていただいており、
昨12月には私のソロコンサートにもスペシャルゲストで出演していただいた
大変仲良しの大好きな大先輩でもありまして、
個人的な交友が今回の共演につながることにもなったかな、と、
そういう面でも嬉しかったです。


『大丈夫、大丈夫』は
これこそ後期ORITOの真骨頂の1曲。
ORITOさんのレイドバック(タメ)具合が本当に独特で、
リハーサルでは全身が耳になったような状態で
ORITOさんに合わせたという思い出の曲。

ORITOさんはリハなのに、ベースの音色(枯れてスカスカな感じ)だけでなく
ドラムのスネアのチューニングも変えてくれ、みたいな力の入れようでした(^^)
 お、オリトさん、それはレコーディングの際に、で良いのでわ?
なんて、
FREEFUNKメンバー一同、微笑ましくたじろいだものです(笑)。


ORITOさんと演奏していたときは、
カーティス・メイフィールドのような感じを目指したソウルアレンジ
(分かんない人はスルーでOKよん ソウル音楽だったってことです)でしたが、
何を隠そう我々FREEFUNKは、名前のとおり
 ファンクバンド
なのです。
サイコーにいかがわしいファンクを聴きたければ、おまかせ下さい!でありますが、
それ以外のことさせるとビックリするくらい下手くそになったりするからな!覚えとけ!
(何で逆ギレ)
なワケですよ、ええ。


えと、
真面目な話(^^;;、
我々がソウルのまねごと・上っ面だけをなぞっても、良い事は何もないのです。
今回は、メンバー全員が『ファンクバンドとしてこの曲をどうしようか』という気持ちで一致団結して、
アレンジをかなり話し合いました。
普段は音楽の話なんか一切しない(のが続ける秘訣?)メンバーなもので、
知恵熱でて寝こみゃしないかと、ひそかに心配だった(笑)


本番も目前になって、ドラムのパターンを変えたら「それじゃん!」となり、
さらにベースを微調整、ホーンアレンジを詰めて、みたいな感じで納得のいく形に収束していきました。
ORITOさんのマインドを大事にしつつ、あくまでファンクバンドとして演る、
というメンバーの思いが、いい意味で『気迫』となって
この曲の疾走感を盛り立てられたのではないかと、思っています。



4/2(土)に、全体リハーサルがあり、
翌3日はFREEFUNKでのリハ。
4日はあえて仕事を入れずにおいたのですが、
実は3日のリハで自分の歌について悩みが深くなってしまい、地獄の1日でした(汗)
歌えば歌うほどドツボにハマることは分かっていたので、一切歌わず、
ORITOさんのアルバムを繰り返し聴いたり、
衣装合わせ(一人ファッションショー)をしたり、
荷造りをしながら『私ってそもそも何者?』みたいな自問自答をしたり(笑)。
傍から見れば完全に、ナルシストかオカシな人です(^^;;


だってね、
そもそもね、
ステージの上で歌うって、オカシイことなんだよ!
歌詞が砂漠にいる設定だったら、少なくとも歌手本人には砂丘が見えているんだからな!
ましてやFREEFUNKは、フリーファンクシャトルという船で宇宙遊泳してるんだぜ!
宇宙空間が見えちゃってるんだぜ!
頭のネジ全部抜かなきゃ見えないぜ!


・・・えーと、
どうまとめていいか分からなくなってきました(笑)
全体リハーサルと、コーラスのお話をしたかったのだけど、それはまた次回。


こんな私ですけど、よかったら仲良くしてね。(何じゃそら)


てことで、
再びしゅーりょー!!

2011年04月18日

ORITOトリビュートをちょっとまじめに振り返る。

orito2006g.JPG

 
 
−−−背中。


私の、ORITOさんの思い出は、ほぼ背中である。
客席に座って、歌うORITOさんを見たのは数回で、
あとはすべてステージで彼の後姿を見ながらバックコーラスをした。
会うのは年に何度か、音楽スタジオとライブハウス、終了後のご飯。
プライベートはほぼ知らない。


ORITOさんの楽曲は、
出落ちに近いようなありがちキャッチーなメロやら
A・B・サビ・ブリッジ行ってもっかいサビ、みたいな、
分かりやすいPOPSのような形式を取らないものも多く、
歌というより語りに近い、言葉を詰め込んでつむいでいく感じが、
特に後期は顕著だと思う。

だから私は、
初めてコーラスをした時から
最後にコーラスをした時まで、
彼独特の(本当に独特なんだよ)タイム感に合わせてハモるために
全神経を彼の動きと声に集中していた。


彼にゆかりのミュージシャンは本当に数多く、
音楽以外の面で支えていた方々もたくさんいて、
皆それぞれ『自分だけのORITOさんとの思い出』を今も大切にしていると思う。
圧倒的な歌と詞の世界観を持ちながら、
びっくりするくらい不器用でまっすぐで純粋な彼の人柄を、
彼の苦悩も含めて、みんな深く愛していた。


ORITOさんがツアー先の大阪のホテルで急逝されたのが2008年2月。
その年の夏に、東京と大阪でトリビュートライブをした。
CHAKAさんやゴスペラーズ村上さん、GATZさん、JAYE'D君などが
ソウル溢れる圧倒的な歌を歌うのを聴いて、
ソウル音楽やORITOさんへの愛の深さにとても感動した。
と同時に、
私はFUNKのボーカリストで、ソウル音楽は詳しくないのにソウルを歌っちゃいけない、
いや歌う資格がない、みたいな気分になり、
大阪公演を目前に
「私、大阪で歌う予定だったマービン・ゲイ、歌わない」
とFREEFUNKの面々に相当ゴネたのを覚えている(笑)。
結局、メンバーが私をなだめすかして、歌う方向に持っていったけど(笑)。
大阪公演では、JAYE公山さんやベースの清水興さん、SASSYトモさん、福原タカヨシ君らと共演。


2009年の1周忌は大阪で自主ライブが開催されたと思う。
2010年(3回忌)は東京・高円寺JIROKICHIにて、
ORITOさんのハウスバンドをつとめておられたWild Dandelionさんと、
次いでバックをつとめた回数の多い我がFREEFUNKが主催で、
トリビュートライブを敢行した。
ゴス村上さんも再び駆けつけて下さり、
2004年NHK-FM『ザ・ソウルミュージック』公開生放送で、
ORITOさんがFREEFUNKをバックに1曲目に歌った
カーティス・メイフィールドの『Superfly』を歌っていただいた。
ORITOさんのファンで、彼のラストライブを観ていたという
若手歌手のShimvaちゃんも初参加、ORITOさんの曲を披露した。


そして今年。


村上さんが中心となって温めていた
『ORITOさんの曲をゆかりのある歌手で歌い継ぎ、
 トリビュートアルバムとしてCDにまとめたい』
という構想が、いよいよ現実化に向けて動き出す。
しかし1曲1曲レコーディングしている時間も予算もない。
「でもそこはさ、みんなORITOファミリー、仲間でしょ?
だったらライブをやって、
それをレコーディングしちゃえばいいじゃん!」
というまことにナイスな解決策をもって(村上さん&グラシアス万歳!)、
4/5東京(渋谷duo)、4/10大阪(心斎橋JANUS)の2公演および
ライブレコーディングが決定したのだ。

村上さん、ORITOさんの最後のマネージャー・鈴木さん、
Wild Dandelionのリーダー星川さん、
FREEFUNK艦長・桜谷くん達が中心となって、
選曲会議やらを何度もやっていた。
諸調整はおそらく難航をきわめたと思う。


私は当初、選曲会議にも出来るだけ参加して、
アイデアを出すのはもちろん、他の仲間達の考えていることを
直接聞きたいと思っていた。
けれど思うところがあって、選曲も自分の担当する曲も、
「これお願い」と言われたものを、
期待以上のものを返せるように準備しようというスタンスに変えてのぞんだ。


FREEFUNKとして演奏するのが5曲、
それ以外に、Wild Dandelionさんの演奏の方でも
コーラスが足りないところは是非使ってください、とお願いし
結局は大阪公演までコーラスで参加させていただくことになった。
(FREEFUNKは大阪公演は無し)


東京公演までの準備や、各公演の思い出もろもろはまた別の機会に。

色々、すごいプレッシャーだったもんで、頑張りおえた今、
ようやく思い出を自分のために書きとめておかなきゃな元気が出てきてね(笑)。

ライブ公演はおかげさまで無事、大変あたたかく盛り上がり、
素晴らしい両日になりました。
ぶっちゃけ、見逃した人がかわいそうです(笑)

今はCDリリースに向けて、ミックス作業が続いています。
黙々と、作業をしてくださるエンジニアの方々、
本業のゴスペラーズの方も大変なのに時間を割いてくださっている村上さん、
そして誰より、
歌い手とバンドの間にいて両者をつなぎながら
いいものを作ろう!という一心で奮闘してくださっている星川さんには
感謝してもしきれません。


次回は、東京公演までの準備のことを少し、書きとめてみようかな。
一旦しゅーりょー!